熊本地方裁判所 昭和45年(ワ)552号 判決 1978年9月28日
原告・反訴被告 除野彰弘
被告・反訴原告 国
代理人 武田正彦 大歯泰文 坂田省三 ほか一名
主文
原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。
原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、別紙物件目録記載(一)、(二)の各土地につき、昭和一七年六月ころ時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)の間に生じたものを原告(反訴被告)の負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 本訴請求の趣旨
1 原告(反訴被告)が、別紙物件目録記載の(一)、(二)の土地につき、所有権を有することを確認する。
2 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 原告(反訴被告)の請求を棄却する。
2 本訴の訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、別紙物件目録記載の(一)、(二)の土地につき、原告(反訴被告)の被相続人除野康雄と被告(反訴原告)間の昭和一七年四月ころの売買又は同年六月ころの時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
2 反訴の訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 被告(反訴原告)の請求を棄却する。
2 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。
第二当事者の主張
一 本訴請求の原因
1 原告(反訴被告、以下「原告」という。)の父除野康雄(以下「康雄」という。)は、大正五年五月二五日家督相続により、熊本市健軍町字七反畑五三九五番の土地及び同町字八ノ窪三八一五番の一の土地(以下、両土地を「(一)、(二)の土地の従前地」という。)の所有権を取得した。その後、熊本県知事を施行者とする熊本都市計画事業の健軍第二土地区画整理第二地区の換地処分により、昭和三六年六月二〇日別紙物件目録記載(一)の土地(以下「(一)の土地」という。)及び同(二)の土地(以下「(二)の土地」という。)が、(一)、(二)の土地の従前地に照応する換地として交付された。
2 康雄は、昭和四一年四月五日、八〇歳の高齢に達したため、死後における同人所有の財産の取得者を定めるべく、書面により、同人の死亡を停止条件として、二男の原告に対し、(一)、(二)の土地を贈与する旨の意思表示をし、同月八日その意思表示は原告に到達し、原告はそのころ同人に対しこれを承諾した。
3 康雄は昭和四四年一〇月九日死亡した。
4 その結果、2の停止条件が成就し、原告は、(一)、(二)の土地の所有権を取得した。
5 被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、原告が(一)、(二)の土地につき所有権を有することを争つている。
6 よつて、本訴請求の趣旨記載の裁判を求める。
二 本訴請求の原因に対する認否
1 本訴請求の原因1記載の事実は認める。
2 同2の事実は否認する。
原告が主張する康雄の贈与の意思表示を記載した書面の表題には「遺産分配」と書かれてあり、康雄の財産全部を列記した上、原告を含む康雄の相続人の間でいかに遺産を分配すべきかを定め、更に祖先の祭祀を主宰すべき者をも指定した書面であるので、これを総合的に判断すれば、その内容は、康雄の遺産分配の基準を示したものであることが明らかである。
3 同3及び5の事実は認めるが、4は否認する。
三 反訴請求の原因
(買受けによる取得)
1(一) 被告は、兵器等製造事業特別助成法(昭和一七年法律第八号)により、陸軍省を所管庁として、三菱重工業株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し設備等を無償で貸し付けるため、昭和一七年から同一八年にかけて、工場敷地として、(一)、(二)の土地の従前地附近一帯の土地を所有者から買い受けたが、その際、昭和一七年四月ころ、右各従前地をその所有者である康雄から買い受けた。
(二) そして、熊本県知事は、昭和三二年六月二〇日、(一)、(二)の土地の従前地について本訴請求原因1記載の換地処分をなすに当たり、右従前地の登記名義人である除野康雄に対して、その通知をした。
(三) しかし、換地処分は、従前の土地の権利関係に変動を生じさせることはなく、単に換地の位置、範囲を確認し宣言するにすぎないものと解すべきである(確認処分説)ので、右通知にもかかわらず、被告は、(一)記載の買受けによつて(一)、(二)の土地の従前地の所有権を取得していたのであるから、右換地処分により(一)、(二)の土地の所有権を取得するに至つた。
(四) 除野康雄は昭和四四年一〇月九日死亡したので、同人の二男である原告は、他の相続人とともに、康雄の被告に対する(一)記載の売買を原因とする(一)、(二)の土地についての所有権移転登記義務を不可分的に相続した。
(時効取得)
2 仮に、1記載の買受けによる所有権取得が認められないとしても、被告は、(一)、(二)の土地の所有権を時効により取得した。すなわち、
(一)(1) 被告は兵器等製造事業特別助成法により、陸軍省を所管庁として、昭和一七年六月ころ、(一)、(二)の土地の従前地を附近一帯の土地とともに無償で訴外会社に貸し付け、同社がそのころから軍需工場の敷地として(一)、(二)の土地の従前地の使用を開始し、被告は同社を占有代理人として(一)、(二)の土地の従前地の占有を開始した。
(2) 昭和二〇年八月の終戦により、訴外会社に貸し付けた土地は、そのまま旧商工省が所管庁として引き継ぎ、更に、同二二年四月一日大蔵省がこれを引き継ぐと同時に同会社から右土地の返還を受け、普通財産として占有管理を開始した。
(3) 被告(所管庁大蔵省)は、同日、(二)の土地の従前地を含む土地を健軍農業協同組合(昭和四一年四月一九日合併により熊本農業協同組合となる。以下「訴外農協」という。)に貸し付けた。
(4) (一)の土地の従前地については、前記換地処分により(一)の土地が換地として交付されたが、これは、右換地処分以前に訴外農協に貸し付けていた地域内であつたため、被告(所管庁大蔵省)は(一)の土地についても訴外農協に貸し付けた。
(5) (二)の土地の従前地については、右換地処分により、(二)の土地が換地として交付されたが、これは、訴外農協に従前から貸し付けていた地域内であつたため、被告(所管庁大蔵省)はそのまま同農協に貸し付けた。
(6) 訴外農協に貸し付けていた(一)、(二)の土地は、昭和四一年一二月二八日被告の所管庁である大蔵省に返還された。
(7) そこで、大蔵省は引き続き(一)、(二)の土地を占有管理してきたが、昭和四三年七月二六日これを防衛庁に所管換えし、以来、右土地は、陸上自衛隊が健軍駐とん地訓練場及び弾薬庫の敷地として使用している。
(二)(1) 被告が右(一)(1)記載のとおり訴外会社に軍需工場敷地を貸し付けるに当たつては、被告は(一)、(二)の土地の従前地付近一帯の土地を買い受け、そのほとんどの土地については被告に対する所有権移転登記も経由されていたのであるが、当時戦時下にあり工場建設に急を要し、買受けの対象になる土地の筆数が多数あつた等の特殊な事情から、(一)、(二)の土地の従前地については、所有権移転登記もれのまま所管庁旧陸軍省において(一)、(二)の土地の従前地を含め右買受けの土地を一括管理し、右会社に貸し付けたのであり、被告は、昭和一七年六月ころ、過失なく、(一)、(二)の土地の従前地の占有を開始し、これから一〇年を経過した昭和二七年六月ころ(一)、(二)の土地の従前地についての所有権の取得時効が完成し、したがつて、前記換地処分により右各土地に照応する土地として交付された(一)、(二)の土地も被告が所有するに至つている。
(2) 仮に、占有の始めに過失があつたとしても、被告は昭和一七年六月ころから二〇年間にわたつて(一)、(二)の土地の従前地及び(一)、(二)の土地を占有してきたから、占有開始から二〇年を経過した昭和三七年六月ころ、被告のために(一)、(二)の土地につき所有権の取得時効が完成した。
なお、時効期間の算定に当たつては、(一)、(二)の土地の従前地に対する占有期間と(一)、(二)の土地についての占有期間とを通算すべきである。
(3) また、原告が主張するように、換地処分の効果につき設権処分説をとる場合においても、被告は、前記換地処分時である昭和三二年六月二〇日から、無過失で(一)、(二)の土地を占有しているから、それから一〇年を経過した同四二年六月二〇日、被告のために右各土地につき所有権の取得時効が完成した。
(三) 原告は、(一)の土地につき、昭和四五年一〇月二四日所有権保存登記を経由し、(二)の土地につき、同日、昭和四四年一〇月九日相続を原因として所有権移転登記を経由している。
3 そこで、被告は原告に対し、(一)、(二)の土地につき、右1記載の売買又は2記載の時効取得を原因として、所有権移転登記手続を求める。
四 反訴請求の原因に対する認否
1(一) 反訴請求の原因1(一)の事実は否認する。
(二) 同(二)の事実は認める。
(三) 同(三)の事実は争う。
原告は、康雄に対する換地処分の通知及び旧都市計画法一二条によつて準用される耕地整理法(明治四二年法律第三〇号)三〇条四項に規定される告示により、終局的、確定的に(一)、(二)の土地の所有権の設定を受けたものであつて(設権処分説)、少なくとも、被告は、(一)、(二)の土地について換地処分後は、同土地の所有権を主張することができないというべきである。
(四) 同(四)の事実中、康雄の死亡年月日は認めるが、その余は否認する。
2(一) 反訴請求の原因2(一)の事実中、(1)の事実は認めるが、その余は否認する。
(二) 同(二)はすべて争う。
(三) 同(三)の事実は認める。
五 反訴請求の原因に対する抗弁
(正当第三者)
1 仮に、被告が戦時中に(一)、(二)の土地の従前地を適法に買い受け、あるいはこれを占有して時効取得したとしても、原告は、本訴請求の原因記載のとおり、昭和四四年一〇月九日、死因贈与により、康雄から(一)、(二)の土地の所有権を取得したから、被告の同土地についての所有権取得について、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者である。
(所有の意思がない)
2(一) 所有権の時効取得の要件たる占有における所有の意思の有無は、占有取得の原因事実によつて客観的に定められるべきであるところ、被告は、(一)、(二)の土地の従前地につき、所有者の康雄との間に売買契約を締結したという事実なくして占有を開始したのであるから、被告の同土地に対する占有には所有の意思を欠くものというべきである。
(二) また、前記換地処分後は、反訴請求の原因に対する認否1(三)で記載のとおり、(一)、(二)の土地の所有権が原告に確定的に帰属したから、被告の同土地に対する占有は、原告に対して不法占有となり、所有の意思を欠くものといわなければならないし、仮に、時効期間につき、換地処分の従前地の占有期間と換地の占有期間とを通算できるとしても、換地を占有する場合の所有の意思は、従前地に対する換地を所有する意思を有しなければならないところ、被告は、(一)、(二)の土地を占有するについて、(一)、(二)の土地の従前地に対する換地を所有する意思を有しなかつたものである。
(平穏、公然でない)
3 被告の(一)、(二)の土地の従前地に対する占有開始時には、同土地の所有者康雄は、遠隔地の京都府に在住していたため被告の占有開始を知らなかつたものであり、また、右占有開始時は、戦時の緊急事態の特殊な事情の下にあつたため、被告は、平穏かつ公然に同土地を占有したとはいえない。
(占有の始め悪意)
4 被告は、右土地の占有の始めに際し、同土地につき被告が買い受けておらず、同土地が被告の所有でないことを知つていたから、悪意であつた。
六 反訴抗弁に対する認否
反訴抗弁事実はすべて否認する。
第三証拠 <略>
理由
第一本訴請求について
一 請求の原因1の事実については、当事者間に争いがない。
二 そこで、請求の原因2について判断する。
1 <証拠略>によれば、康雄は、昭和四一年四月五日ころ、八〇歳になつたので、長男の除野信道と二男の原告に対し、「遺産分配」と題する書面をそれぞれ一通あて郵送したが、右書面には、「熊本健軍土地建物等 附、家具電話其他一切、彰弘に遺す」旨の記載があることが認められ、康雄が昭和四四年一〇月九日死亡したことは当事者間に争いがない。
2 原告は、康雄が右書面をもつて死因贈与申込の意思表示をしたものとした上、原告がそのころ承諾の意思表示をした旨主張し、<証拠略>中には右主張にそう部分がある。
しかしながら、訴え取下げ前原告除野信道本人尋問の結果によれば、原告同様右書面の送付を受けていた除野信道は、右書面を遺言書と考え、その内容は康雄死亡後の遺産分配の方法を指示したものと理解していたことが認められるし、前掲各証拠によれば、右書面には、康雄所有の不動産動産全般につき、信道又は原告に「遺す」旨が記載されており、その中には信道又は原告名義の財産も明示して記載され、更に祖先の墓地清掃、管理についても指示されていて、氏の記載及び押印こそないが、康雄が自筆で全文を書いた上、日付、名を自書していることが認められるのであつて実質的に見れば、右書面はむしろ民法九〇八条に規定されている遺言による遺産分割方法の指定と解すべきものである。
したがつて、弁論の全趣旨(原告が(一)、(二)の土地の所有権取得原因として死因贈与の主張をするに至つたのは、本訴を提起してから三年八か月後のことである。)とも併せ考えれば、原告本人の前記供述部分は採用できず、ほかに、原告が(一)、(二)の土地の所有権を死因贈与により取得したことを認めるに足る証拠はない。
三 してみれば、本訴請求の原因のその余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当である。
第二反訴請求について
一 被告の買受けによる(一)、(二)の土地取得について
1 <証拠略>並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、昭和一七年ころ、陸軍省を所管庁として、兵器等製造事業特別助成法により、熊本市健軍町に陸軍省航空本部の軍用機を生産するための工場敷地を訴外会社に貸し付ける計画を立てたこと、そこで、陸軍省において、工場建設予定地を土地所有者から買い受けることとし、そのころから、(一)、(二)の土地の従前地付近一帯の土地につき売買契約を済ませ、その旨の所有権移転登記を経由したこと、売買代金については、安田銀行に設けた土地所有者の口座に払い込んだこと、右工場用地となつた(一)、(二)の土地の従前地周辺のほとんどすべての土地は、昭和一七年一一月から同一八年一二月までの間に陸軍省のため所有権移転登記がなされていることが認められる。
2 しかしながら、被告主張の(一)、(二)の土地の従前地の買受けについては、これを裏付ける売買契約書、売買代金領収証等の証拠はなく、また、右買い受けたとすれば、長年月の間被告に対する所有権移転登記が経由されていないことについて、納得できるような合理的な事情を認めるに足る証拠もない。
<証拠略>によれば、(一)、(二)の土地の従前地の閉鎖土地台帳には、それぞれ、沿革欄に「昭和十八年三月廿七日陸軍省用地成」との記載があり、斜線で抹消されている(被告は、この抹消は過誤によるものであると主張するが、この点はさておき)ことが認められるが、「陸軍省用地成」なる記載が、国有地となつた趣旨であるとしても、無租地なることを示すために記入されたと解される沿革欄の記載のみをもつてしては、共同申請を原則とする所有権移転登記が経由されていない以上、直ちに被告主張の買受けの事実を推認することはできない。また、後記二で認定する被告の(一)、(二)の土地の従前地に対する占有状況も、右判示の諸事情及び<証拠略>によつて認められるところの、被告主張の買受け当時、(一)、(二)の土地の従前地の所有者除野康雄が京都府に在住し熊本に在住していなかつた事実に照らして、被告主張の買受けを推認させる事情とはなしえない。
ほかに、被告の(一)、(二)の土地の従前地の買受けの事実を推認させる特段の証拠はないので、反訴請求の原因1のその余の点につき判断するまでもなく、右買受けの主張を理由とする反訴請求は理由がない。
二 そこで、被告の時効取得の主張について判断する。
1 被告が、兵器等製造事業特別助成法により、旧陸軍省を所管庁として、昭和一七年六月ころ、(一)、(二)の土地の従前地を、付近一帯の土地とともに無償で訴外会社に貸し付け、同社がそのころから、軍需工場の敷地として、(一)、(二)の土地の従前地を含む土地一帯の使用を開始し、被告が同社を占有代理人として、(一)、(二)の土地の従前地の占有を開始したことは当事者間に争いがない。
2 <証拠略>によれば、
(一) 訴外会社に貸し付けられた工場敷地部分は、周囲を道路で囲つて、隣接の土地と区別されたこと、
(二) 昭和二〇年八月の終戦により、訴外会社に貸し付けた土地は、そのまま旧商工省が所管庁として引き継ぎ、更に、同二二年四月一日大蔵省がこれを引き継ぐと同時に同会社から右土地の返還を受け、普通財産として占有管理を開始したこと、
(三) 被告は、大蔵省を所管庁として、同日、(二)の土地の従前地を含む土地を訴外農協に貸し付けたこと、
(四) 熊本県知事を施行者とする熊本都市計画事業の健軍第二土地区画整理第二地区の換地処分により、昭和三二年六月二〇日、(一)、(二)の土地の従前地に照応する土地として、それぞれ、(一)、(二)の土地が交付されたことは当事者間に争いがないところ、(一)、(二)の土地は換地処分前から訴外農協に貸し付けていた地域内にあつたため、被告(所管庁大蔵省)は、(一)、(二)の土地を((二)の土地については、その従前地に引き続いて)訴外農協に貸し付けたこと、
(五) 訴外農協に対する右(三)、(四)記載の貸付けは、一年又は二年ごとに順次更新されたが、訴外農協は、昭和四一年一二月二八日被告の所管庁である大蔵省に(一)、(二)の土地を返還したこと、
(六) そこで、大蔵省は引き続き(一)、(二)の土地を占有管理してきたが、昭和四三年七月二六日これを防衛庁に所管換えし、以来、右土地を含む約三五万平方メートルの土地は、陸上自衛隊が健軍駐とん地訓練場及び弾薬庫の敷地として使用していること、
以上の事実が認められ、これらの認定事実に反する証拠はない。
3 そこで、被告の(一)、(二)の土地の従前地に対する占有の始めに過失がなかつたか否かを判断する。
前判示のように、被告は、昭和一七年ころ、(一)、(二)の土地の従前地付近一帯の土地につき買受け及びその旨の所有権移転登記を済ませたが(<証拠略>によれば、この対象となつた土地は四九筆であることが認められる。)(一)、(二)の土地の従前地については、買受けがなされた点に関する直接、間接の証拠はなく、被告への所有権移転登記もなされなかつたところ、当時戦時下にあつて工場建設に急速を要したことが、たとえあつたところで、売買契約をしないでいながら(被告は登記もれというが、買収もれというほかない。)、当時の管理機関がそのことに気付かず、又は失念して、康雄所有の土地の占有を開始したことになるから、右必要性があつたことから直ちに、被告において(一)、(二)の土地の従前地が自己の所有であると信ずるにつき過失がなかつたということはできない。
ほかに、被告において(一)、(二)の土地の従前地が自己の所有であると信ずるについて過失がなかつたことを裏付ける特段の主張、立証はないから、この点に関する被告の主張は理由がない。
4 次に、被告の(一)、(二)の土地の従前地の占有開始から(一)、(二)の土地に対する占有期間を含めて二〇年間の占有期間による時効取得につき判断するには、換地処分の前後の占有期間の通算の可否が問題となるが、この点は換地後の土地についての所有の意思とも関連するので、後記三2で判断する。
三 そこで進んで、反訴請求の原因に対する原告の抗弁について判断する。
1 右抗弁1については、原告の主張する死因贈与の事実が認められないことは、本訴において判断したとおりであるから、理由がない。
2 被告の占有における所有の意思について
(一) 被告が(一)、(二)の土地の従前地の占有を開始するに際して、同地を買い受けたとの証拠がないことは前判示のとおりである。しかして、占有における所有の意思の有無は、占有取得の原因たる事実によつて客観的に定められるべきではあるが、所有の意思を認定するに当たつては所有権を取得すべき実体上の法律関係が具体的に確定されることを要しないと解すべきであるから(大判昭一八・七・二六法学一三巻三八九頁参照)、被告の買受けが認定できないことのみをもつて、被告の(一)、(二)の土地の従前地に対する占有につき、所有の意思なしとすることはできない。
ほかに、前記換地処分以前における、(一)、(二)の土地の従前地に対する被告の占有につき、所有の意思がなかつたとして、原告は特段の主張、立証をしないから、抗弁2(一)の主張は理由がない。
(二) かえつて、本件につき被告の右各土地に対する占有取得の原因たる事実関係をみるに、被告(所管庁旧陸軍省)は、兵器等製造事業特別助成法により工場敷地を無償で貸し付けるため、右各土地の付近一帯の土地を所有者から買い受け、その旨の所有権移転登記を経由し、買受けにかかる土地とともに(一)、(二)の土地の従前地を、同法に基づき無償で訴外会社に貸与したこと、また、(一)、(二)の土地の従前地の各閉鎖土地台帳の沿革欄には、「昭和一八年三月廿七日陸軍省用地成」との記載があることは前判示のとおりであり、また、<証拠略>によれば、右沿革欄の記載は、それぞれ、地積、内歩、外歩欄の記載とともに朱斜線で抹消されていることが認められるが、<証拠略>と対比すると、右沿革欄の朱斜線抹消は必ずしも沿革欄の誤謬訂正とは認められないこと、更に、<証拠略>によれば、昭和四五年一〇月二四日、(一)の土地につき原告名義の所有権保存登記、(二)の土地につき原告名義の所有権移転登記がなされた(この点は当事者間に争いがない。)ため、熊本市が、昭和四六年ないし同四八年の三年間、(一)、(二)の土地につき原告に対して固定資産税を課していたが、昭和四五年度以前は、右土地及びその従前地については非課税の扱いであつたことが認められ、以上の事実によれば、被告は、所有の意思をもつて、(一)、(二)の土地の従前地を占有してきたものということができる。
(三) 次に、前記換地処分後の(一)、(二)の土地に対する被告の占有についての所有の意思を検討するに、従前の土地を所有の意思をもつて占有してきた者が、換地処分が公告された(土地区画整理法一〇三条四項、本件では、土地区画整理法施行法(昭和二九年法律第一二〇号)四条、都市計画法(大正八年法律第三六号)一三条(昭和二九年法律第一二〇号による削除前のもの)によつて準用される耕地整理法(明治四二年法律第三〇号)三〇条四項による。)後に、更に、従前の土地に照応する土地として交付されたものとしての換地を所有する意思をもつて、右従前の土地に対する換地の占有を始めた場合に、従前の土地についての占有期間と換地後の右従前の土地に対する換地についての占有期間とを通じて民法一六二条所定の期間に達したときは、占有者は時効によつて、右従前の土地に照応する土地として交付された換地の所有権を取得すると解すべきところ、証人金子恕一の証言によれば、昭和三二年六月二〇日に公告された(一)、(二)の土地の従前地についての換地処分に際しては、施行者の熊本県知事から、(一)、(二)の土地の従前地の占有管理の所管庁である大蔵省(南九州財務局)に事前の打合せがあり、散在していた(一)、(二)の土地の従前地を隣接させて従来訴外農協に貸し付けていた国有地の所在地に換地することとなつたことが認められ、換地処分の公告後は、被告は、前記二2の(四)ないし(六)で認定したとおり、(一)、(二)の土地を占有管理してきたものである。右認定事実及び前記(二)で認定したように、(一)、(二)の土地については、昭和四五年度までは非課税の扱いであつた事実によれば、被告は、換地処分の公告後は(一)、(二)の土地の従前地に照応する土地として交付されたものとしての(一)、(二)の土地を所有する意思をもつて、(一)、(二)の土地を占有してきたものというべきである。
なお、原告は、換地処分についていわゆる設権処分説をとつて、換地処分の通知が康雄に対してなされたことにより、被告の(一)、(二)の土地に対する占有は所有の意思を欠くものである旨主張するが、換地処分は、従前の土地の権利関係に何ら変更を加えることなく、変更される土地の区画形質を確認宣言するに過ぎないものと解すべきであるから、原告の右主張も採用できない。
(四) 以上によれば、被告の占有について所有の意思がないとの原告の抗弁は理由がなく、被告は、(一)、(二)の土地の従前地についての占有期間と(一)、(二)の土地についての占有期間を通算して、昭和一七年六月ころから二〇年間いずれも所有の意思をもつて、(一)、(二)の土地の従前地及びこれに照応する換地として交付された(一)、(二)の土地を占有してきたものということができる。
3 原告は、被告の(一)、(二)の土地の従前地に対する占有開始時には、同土地の所有者康雄が遠隔地の京都府に在住していたため、同人において被告の占有開始を知らなかつたので、被告の占有は公然のものではない旨主張するが、所有者が遠隔地に在住し占有者の占有開始を知らなかつたことから、占有が公然でないということはできず、原告の主張はそれ自体失当である。
また原告は更に、被告の右占有開始時は、戦時の緊急事態の特殊な事情下にあつたから、被告の占有は平穏に行われたものでない旨主張するが、平穏でない占有とは、占有者がその占有を取得し、又は保持するについて、暴行強迫などの違法強暴の行為を用いた占有を指すのであつて、原告の右主張事実のみをもつてしても、被告の占有が平穏でないものということはできず、原告のこの点の主張も、それ自体失当である。
4 なお、原告の悪意による占有開始の抗弁は、被告の二〇年間の占有期間による時効取得を排斥するものではないから、判断の限りではない。
四 してみれば、被告は、昭和一七年六月ころから、所有の意思をもつて(一)、(二)の土地の従前地の占有を開始して以来、平穏、公然に同土地及びその換地である(一)、(二)の土地の占有を継続して二〇年を経過し、よつて、昭和三七年六月ころ、被告の(一)、(二)の土地に対する取得時効が完成し、被告は、昭和一七年六月ころにさかのぼつて、(一)、(二)の土地の所有権を時効取得したということができる。そして、原告において、(一)の土地につき、昭和四五年一〇月二四日所有権保存登記を経由し、(二)の土地につき、同日、昭和四四年一〇月九日相続を原因として所有権移転登記を経由していることは当事者間に争いがないので、被告が、原告に対して、(一)、(二)の土地につき、右時効取得を原因として所有権移転登記手続を求める反訴請求は理由がある。
五 よつて、原告の本訴請求を棄却し、時効取得を原因とする被告の反訴請求は理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 堀口武彦 玉城征駟郎 塩月秀平)
物件目録 <略>